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鎌倉市・日本バレエ発祥の地 |
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仙台市・日本のバレエの先駆者 東勇作記念碑 |
ご覧のように国道を一本隔てて太平洋が・・・
先輩の話を聞くと、リハーサルの合間によく泳いだとか


↑稽古場玄関跡から 稲村ヶ崎 方面を望む
↓ 中央黄色い建物(赤い屋根の左)が旧稽古場跡地になる 更に左に高低のモニュメントが見える

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2000年4月 桜が盛んな頃、「日本バレエ発祥之地」を訪ねた。
付近は駐車はもちろん、停車すら出来そうにないところ。
元稽古場の全景を撮影するには、 立派な、実に立派なモニュメントである。 潮風の中、腐食と風化が徐々に進んでいたが、
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![]() はめ込まれた銅板左が“顕彰碑” 右が“肖像” 稽古場のあった地所は人手に渡った模様 |
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| 日本バレエ発祥之地 エリアナ・パブロバは大正九年 動乱の祖国ロシアを逃れて来日 昭和二年 この地にバレエスクールを建てた エリアナは自分自身の 舞台活動を通じて 日本にクラシックバレエを紹介するとともに 多くの舞踊家を育て 日本バレエ界の基礎づくりに貢献した 第二次大戦後 日本のバレエ界の発展を支えてきた人達の多くは パブロバの薫陶のもとに育った 昭和八年日本に帰化 霧島エリ子を名乗ったが 昭和十六年軍属と として日本軍慰問旅行の途中 南京で戦病死 鎌倉市は市葬をいとなみ のち靖国神社に合祀された 母ナタリア 妹ナデジタはエリアナを輔けエリアナの死後 その 仕事をついだナデジタは昭和五十七年この地で没した 昭和六十一年十一月吉日 エリアナパブロバ顕彰会 |
| 関連サイト |
| パブロバ先生「霧島エリ子命(キリシマエリコノミコト)」が祀られている 靖国神社 |
| Kさんのサイト『翠松庵no散歩道』の中の
『エリノア・パブロパ邸』86年 1986年代の素晴らしい写真があります。 |
![]() 銅板のレリーフ 左から ナデジタ パブロバ(1905−1982) 中央 エリアナ パブロバ(1899−1941) 右 ナタリア パブロバ(1872−1956) |
| 実に悲しい、一枚の案内板 | ![]() |
冷源寺 ・・・ 日本のバレエの先駆者 東 勇作先生 の墓所であり、山門入って直ぐの所に記念碑が建っている。
お墓も直ぐの所であったが、撮影は差し控えさせていただき、参拝のみで退出した。
| 東 勇作先生 略歴 |
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| 明治43年 仙台市で生まれる |
| 旧制:仙臺二中を卒業後上京 |
| 昭和2年、鎌倉でエリアナ・パブロバの内弟子となる。 |
| 昭和9年に益田隆、梅園竜子と共に「益田トリオ」を結成。 |
| 昭和16年 東勇作バレエ団第1回公演「レ・シルフィード」「牧神の午後」他、 日本で初めてのクラシック・バレエの上演となる。 |
| 昭和21年 「白鳥の湖」日本初演に王子役を踊る |
| 昭和46年8月4日永眠 享年62。勲四等瑞宝章 法名:寶蓮院釋勇憲 |
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![]() 上:銘板「日本のバレエの先駆者 東勇作記念碑」と読める
左:モニュメント全体の姿態 |
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| 「牧神の午後」を踊るブロンズ像のアップ 高さ約30センチ | 古写真 “牧神の午後”を踊る東勇作 |