| 史上有名な京劇役者の簡単な紹介 |
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| 名 (誕生年順) | 解説 | |
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| 程 長庚 チョン チャン カン | 男 1811〜1879 老生 | 同光十三絶の一人。皮黄劇=後の京劇 の祖師。 |
| 張 二奎 チャン アー クイ | 男 1814〜1860 老生 | 京劇三鼎甲の一人。徽劇班の指導者。 票友から身を起こし、トップにまで昇った。 |
譚 培タン シン ペイ | 男 1874〜1917 老生 | 清末・民国初頭の人。 譚派の開祖 老生の標準型を大成し今日に至るまで老生の基準に成っている |
| 蕭 長華 シアオ チャン ホア | 男 1878〜1967 丑 | 文丑を学び梅蘭芳ら多くの名優と共演、支えた。 多くの弟子を持つ教育家で、生き仏と云われるほどの厚情家だった。 |
| 蓋 叫天 ガイ チャオ ティエン | 男 1888〜1971 武生 | 清末の少年時代から上海で活躍。勉強と努力の人。 「武松」のビデオや「蓋叫天的舞台芸術」のDVDが出ている。 これらは舞台人の至宝であり、この場で何をかいわんや。 |
| 金 少山 チン シャオ シャン | 男 1890〜1948 正淨 金派 |
声が大きく「モーター・サイレン」とか「中国のシャリアピン」の異名を持つ 豪快な台詞回しながら唄に味があった。 |
| 周 信芳 チョウ シン ファン | 男 1895〜1975 老生 麒派 |
麒麟童 の名前でデヴューし 麒派 を創始する。 上海派にあって正統老生を守った。 |
| 梅 蘭芳 メイ ラン ファン | 男 1894〜1961 旦(女形=おやま) |
泣く子も黙る京劇の代名詞的大御所 覇王別妃、貴妃酔酒などが代表作品 京劇改革を行い、スタニフラフスキー、ブレヒトと共に世界の3大演技流派の創始者とされる |
| 尚 小雲 シャン シャオ ユン | 男 1900〜1979 武旦 |
九歳の時三樂科班(後の正樂社)に入り青衣を学ぶ。 奥さんは李寿山(浄の名優)の娘 |
| 荀 慧生 シュン ホイ ション | 男 1900〜1968 花旦 |
前名白牡丹。直隷省東光の人。秦腔花旦を学ぶ。 京劇四大名旦(梅、尚、程、荀)の一人。 エロチックで瑞々しい大年増風だが下品に流れない。 |
| 馬 連良 マー リェン リャン | 男 1901〜1966 老生 馬派 |
字は温如 回教徒。富連成科班に入る。声は洗練、明白。 文化大革命を生き抜く事が出来なかった |
| 程 硯秋 チョン イエン チュウ | 男 1904〜58 正旦 |
清朝旗人正黄旗の出で四代翰林学士の家柄。重厚謹厳晦渋な芸風。 パリに学んで「欧米演劇所見」を著す。 |
| 李 萬春 リー ワン チュン | 男 1911〜? 文武老生 | 武浄:李永利の子、李少春の義兄 新形武生の第一人者 新しい孫悟空像を始めた人 |
| 裘 盛戎 チュウ シェン ロン | 男 1915〜71 花臉 裘派 | 裘派を学ばない浄はない・・といわれるほどの人 富連成科班に学ぶ。金少山の後継としてデヴュー 喉のコントロールは群を抜く |
| 李 少春 リー シャオ チュン | 男 1919〜75 文武老生 | 歌唱・立ち回り・間の取り方が抜群の万能俳優。 現在に至るまで、彼をしのぐ俳優は出現していない。 孫悟空は、本物の孫悟空以上のものである。これを芸という。 惜しくも文化大革命の波に消えた |
![]() | 大昔のチラシ
演目より俳優名が先に来ます。
“義務戯”とは「チャリティー公演」の事 演目には「辛安駅」や 孫悟空もの がみえます。 |
![]() | 主な作品の非常に簡単な筋書き |
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