兄ぃ流バレエ年表

15世紀 イタリアで無言仮面劇(バレエの原点)
1490 1月13日 ミラノで宮廷バレエ
1533 フィレンツェのメジチ家令嬢カトリーヌ、フランスの王子(のちのアンリ2世)と結婚
 イタリアの先進文化(フォーク、アイスクリーム、宮廷バレエ)をフランスに持ち込む。
1581 10月15日 パリで「王后のバレエ・コミック」上演  記録が残っている最古のバレエ作品
1653 ルイ14世「夜」というバレエに太陽役で出演。“太陽王”と称される元になった。
1669 ルイ14世、王立舞踊アカデミー(Academie d'opera)設立
  この頃、ピエール・ボーシャン(1636~1705)バレエの5つのポジションを考案
1713 パリ・オペラ座バレエ学校設立
1789 「ラ・フィユ・マルガルデ」初演 振付:ドーベルヴァル
 フランス革命
1815 ホフマン「砂鬼」を著す。後にコッペリア台本の原本となる
1818 「無益な用心」 振付:ディドロ
1819 プティパ生まれる。
1821 9月17日 サン=レオン パリで生まれる
1822 ホフマン没
1826 8月23日 ミンクス生まれる
1828 パリ・オペラ座「ラ・フィユ・マルガルデ」を初演
 C.ニュイッテル(コッペリア台本著者)生まれる。
1832 3月12日 「ラ・シルフィード」初演 振付:フィリツポ・タリオー二
  台本 アドルフ・ヌーリ「アルガイルの小妖精」による
  音楽:ジャン・シュナイツホッファー(l785-1852)  於:パリ・オペラ座
1836 2月21日 ドリーブ生まれる
 11月28日 ブルノンヴイル版「ラ・シルフィード」初演 於:コペンハーゲン
  振付:アントン・オーギュスト・ブルノンヴイル
  音楽:バロン・エルマン・フォン・ローヴェンスヨルド Herman Severin Lφvenskiold
1839 アヘン戦争
1840 チャイコフスキー生まれる
 9月23日 「恋する惡魔」=後の「サタネラ」初演 パリ・オペラ座
 音楽:N・ルペール、P・ブノワ、振付:J・マジリエ
1841 6月28日 「ジゼル」初演 パリ・オペラ座
1842 3月29日 「ナポリ」初演
1845 「パ・ド・カトル」初演 ロンドン
  音楽:チェザレ・プーニ  振付:J.ペロー
   ルシル・グラーン、カルロッタ・グリジ、ファニー・チェリート、マリー・タリオーニという当時の
   スーパー・スターによる夢の競演。  歌劇「アンナ・ボレナ」の幕間に行われた。
    なお現在はアントン・ドーリン卿により復元振付された版で観られる
1846 4月1日 「パキータ」初演 音楽:E.デルドヴェ 振付:マジリエ
 パリ・オペラ座
1847 9月26日 「パキータ」 M・プテイパ、F・マラヴェルニュにより新演出
 サンクトペテルプルグ大劇場
1848 2月10日 「サタネラ または愛と地獄」三幕七景のグラン・バレエ・パントマイム
 音楽:N・ルベール、P・ブノワ M・プティパによる新演出
 サンクトペテルブルグ大劇場
1850 「ジゼル」プティパが改訂
 ドリーブ、パリ音楽院を首席で卒業
1852 4月28日「サタネラ Satanella」初演  ベルリン王立歌劇場
  音楽:ルートヴィッヒ・ヘルテル  チェザレ・プーニ
  振付:ポール・タリオーニ
   ハイデルベルクの学生カールが女の悪魔サタネラに誘惑されて、婚約者を捨ててしまう物語。
   カゾットの「恋する悪魔」を短縮したもので、パ・ド・ドゥの音楽は「ヴェネチアの謝肉祭」
   が、プーニの編曲で使われる。
1856 1月23日「海賊」 初演 於:パリ・オペラ座 振付:マジリエでJ・ペローが立ち会う
  台本:バイロン卿の同名の叙事詩による  音楽:アダン
1858 「海賊」 ペローの新演出 プティパ補佐 
 ペテルスブルグのボリショイ劇場(モスクワのボリショイではない)
1859 2月12日「ベニスのカーニヴァル」 振付:プティパ
 音楽:C・プー二 サンクトペテルブルグ大劇場
1862 1月18日サンクトペテルブルグ大劇場にて「ファラオの娘」初演
 音楽:C.プーニ 振付:プティパ
1862 パリ・オペラ座完成(シャルル・ガルニエの設計)
1863 1月24日「海賊」に花やぎの園の場が出来る サンクトペテルブルグ大劇場
1864 12月3日「せむしの仔馬」初演 サンクトペテルブルグ大劇場
 音楽:C・プーニ 台本・振付:A・サン=レオン
1866 パリ・オペラ座、次期新作品に「コッペリア」を計画 ニュイッテルに台本製作を指示
          ニュイッテル、ホフマンのホラー「砂鬼」を喜劇に書き換え「コッペリア」とする。
1867 ドリーブ、「コッペリア」の作曲成る
1868 日本、明治維新 
 サン=レオン、「コッペリア」の振付開始
1869 12月26日 プティパの演出振付により「ドン・キホーテ」初演  帝室ボリショイ劇場
1870 5月25日 「コッペリア」初演 皇帝ナポレオン三世臨場 ロマンチック・バレエ時代終わる
 7月19日 普仏戦争勃発
 9月2日 サン=レオン没 心臓発作によりパリのカフェで 49歳
   4日 フランス軍連敗 ナポレオン三世捕虜となり退位
   23日 G.ボツァッキ(初演のスワニルダ)天然痘と戦禍の栄養失調のため没 弱冠17歳
1871 アレクサンドル・ゴルスキー生まれる
 プティパ、「ドン・キホーテ」に「夢の景」と「貴族の館」の2場面を作り加えて全面改定。
   レフ・イワーノフ(「くるみ割り人形」の振付家)がバジルを務める。 於:マリインスキー劇場
   これが、ペテルスブルグ版
 普仏戦争の結果パリ陥落
 10月16日 パリ・オペラ座「コッペリア」を再演 大成功となり以後現在に至るまで最多上演演目となる
1874 「ナイアードと漁夫」 振付:プティパ
1877 2月20日「白鳥の湖」初演  モスクワ
   台本:ムゼーウス著「奪われたベール」、幻想童話「白鳥の湖」による
   振付:ジュリアス・ライジンガー
 「バヤデルカ」 振付:プティパ
1874 プティパ、ぺロー版「ナイアードと漁夫」を新演出 音楽:プー二
1877 1月23日「ラ・バヤデール」初演
 音楽:プー二 サンクトペテルブルグ大劇場
1878 1月29日「ロクサーヌ モンテネグロの美女」 振付:プティパ
 サンクトペテルブルク大劇場
1880 プティパ、夕リョーニ版「ダニューヴの娘」を新演出、初演
 音楽:アダン
1881 「ヴィヴァンディエール=酒保商人の女」(別名:マルキタンカ) 振付:プティパ
 「パキータ」にミンクスがグラン・パを追加作曲 プティパが自版を改訂
1883 「時の踊り」(歌劇“ジョコンダ”より) 振付:プティパ
1884 「ジゼル」プティパが改訂
 ロシアにて「コッペリア」プティパ振付版初演  チェケッティと共同 於:ペテルスブルク
1884 2月5日 プティパ、自身の「ジゼル」を再新演出
 サンクトペテルブルク大劇場
1885 「ラ・フィユ・マルガルデ」モスクワで初演
 音楽:ペーター・ルードヴィヒ・ヘルテル(ドイツ 1817~99)   振付:プティパ
1886 「エスメラルダ」プティパにより改訂上演 ペテルスブルグ
  この時、R・ドリゴ (伊 1846~1930)の音楽による新しいグラン・パ・ド・ドゥが作られた。
  これが「ダイアナとアクテオン Diane et Acteon from La Esmeralda」で、
  ギリシャ神話にある「狩りの女神ダイアナと、彼女の水浴を垣間見た勇者アクテオン」を題材に
  劇中劇とされた。
  (現在みる形はアグリピナ・ワガノワ振付によるもの)
 ミンクス、3幕の「魔法の薬」と1幕の「愛の供物」を最後として失脚
 劇場監督官ウセヴォロジュスキーと対立し「公認バレエ作曲家」制度が廃止されたため
1887 「コッペリア」米国初演 於:ニューヨーク
1889 「タリスマン(護符)」 音楽:ドリゴ 振付:プティパ
1890 1月3日 15日説もあり 「眠れる森の美女」初演  振付:プティパ
 3月12日 ニジンスキー(Вацлав Фомич Нижинский )生まれる
 マリンスキー劇場 くるみ割り人形 をチヤイコフスキーに作曲依頼
1891 1月16日 ドリーブ没
 大津事件(津田三蔵巡査によるロシアの皇太子(後のニコライ2世)暗殺未遂)
1892 12月18日「くるみ割り人形」初演  マリンスキー劇場にて、歌劇「イオランタ」と共に
1893 チヤイコフスキー没
1894 「コッペリア」をプティパ改訂振付 チェケッティと共同振付による新演出
 現在プティパ版とかロシア版といえば大抵これを指す
 「フローラのめざめ」振付:プティパ ピョートル宮、典礼公演
1895 1月15日 「白鳥の湖」 プティパ・イワノフ版
 12月6日 「せむしの仔馬」 新演出・振付:プティパ マリンスキー劇場
1896 12月27日 「コッペリア」デンマーク王立バレエ団で初演
 「騎兵隊の休止」振付:プティパ
1898 「ライモンダ」 振付:プティパ
1899  「海賊」をプティパが改訂
   洞窟の場に、首領コンラッドとギリシア娘メドーラとの踊りが追加
   有名な“海賊のグラン・パ・ド・ドゥ”の出現である。
   音楽:レニャーニの為にシェル男爵がドリゴによって作る
 ニュイッテル没
1900 「アレルキナーダ(百万長者のハーレキン)」 音楽:ドリゴ 振付:プティパ
 ゴルスキー「ドン・キホーテ」をボリショイ劇場で改訂振付  これが、ゴルスキー版
1901 「侯爵夫人の心」 音楽:ギロー 振付:プティパ
 グラン・バレエ「魔法の鏡」 音楽:コレシチェンコ
1902 マリンスキー劇場 ゴルスキー版「ドン・キホーテ」上演
1903 プティパ「国王の歌」を創るも未完成  プティパ失脚し帝室バレエを去る
1904 日露戦争
 プティパ最後の作品「バラと蝶のロマンス」 音楽:ドリゴ
1906 ボリショイ劇場 ゴルスキー版「ドン・キホーテ」改訂
1909 バレエ・リュス(Ballets Russes)パリのシャトレ座で旗揚げ
1910 2月 アンナ・パヴロヴァ プティパ版のスワニルダでアメリカ・デヴュー
 7月14日 プティパ没
1912 日本 帝国劇場歌劇部、イタリアよりローシーを招き洋舞が始まる  日本のバレエ元年
1913 ニジンスキー「春の祭典」を創作  音楽:ストラヴィンスキー
1917 ミンクス没(享年91) ロシア革命・ソヴィエト連邦成立
1922 帝劇でアンナ・パヴロヴァ「瀕死の白鳥」を踊る。
 尾上菊五郎が絶賛し日本人のクラシック・バレエ開眼となる
 ディアギレフ「オーロラの結婚」を創る
1923 レニングラードバレエ団 「ドン・キホーテ」 ロプコフ演出
1929 8月19日 セルゲイ・ディアギレフ(Сергей Павлович Дягилев)ヴェネツィアに客死
  ディアギレフの死によってバレエ・リュス解散
1931 ニネット・ド・ヴァロア、ロンドンでヴィック・ウェルズ・バレエ(Vic Wells Ballet)を始める。
 後のサドラーズ・ウェルズ・バレエ団、ロイヤル・バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の大元
1932 11月7日「パリの炎」初演 音楽:ボリス・アサフィエフ(1884―1949)
  振付:ワイノーネン  於:レニングラードのキーロフ劇場
1933 バランシン、乞われて渡米しスクール・オブ・アメリカンバレエを設立
1934 「くるみ割り人形」ワイノーネン新演出
1940 ボリショイ劇場 「ドン・キホーテ」にザハーロフ演出で「ジプシーの踊り」追加 
1946 バランシン、アメリカバレエ協会(現在のニューヨーク・シティ・バレエ団)設立
1947 「コッペリア」日本 全幕初演 於:有楽座
     スワニルダ=貝谷八百子/谷桃子 振付とフランツ=小牧正英
1952 (昭和27年)ソニア・アロワ 小牧正英により「ドン・キホーテ」のパ・ド・ドゥ日本初演
    於:日比谷公会堂 12月 小牧バレエ団
1950 4月8日 ニジンスキー没
1954 「くるみ割り人形」 ニューヨークシティバレエ団 バランシン新演出
1957 「海賊」に奴隷のパ・ド・ドゥを追加 作曲はアマチュア音楽家のオルデンブルグ公爵
1961 ヌレエフ亡命
1962 「ドン・キホーテ」ゴルスキー版、西欧で初演(於:ロンドン)
1965 7月 「ドン・キホーテ」全幕日本初演  於:東京文化会館  谷桃子バレエ団
   振付:メッセレル・谷桃子 キトリ:谷桃子・小林紀子 バジル:小林恭・小林功
1966 パリ・オペラ座 「コッペリア」のフランツを女性が男役で演じていた(トラヴィスティ)伝統を廃す
        トラヴィスティの後継者が居なくなったため。
1971 レニングラード・バレエ団来日公演でバリシニコフ(23歳)がバジルを演じる。
   以後の日本における「ドン・キホーテ」パ・ド・ドゥに多大な影響を与える
1973 パリ・オペラ座で「コッペリア」原典版復元上演
1974 バリシニコフ亡命
 ニューヨーク・シティ・バレエ団 A.ダニロヴァのスワニルダで、バランシン版「コッペリア」を初演
  ダニロヴァ の スワニルダ が理想的といわれた
1983 バランシン、クロイツフェルト・ヤコブ病により死去
1991 ソヴィエト連邦崩壊

一部、バレエTAMA主催「2007年 福田一雄先生レクチュア」の講義録を参考にしています。


以下続々登場(予定(のはず))