リチャードソンの墓

横浜市・元町商店街すぐ隣の外人墓地 山を形成している墓地の麓、道路沿い


なぜか猫が多い一帯  画面右:元町方面 画面左フェンス内から外人墓地

 
1862年9月14日(文久二年八月二十一日) 薩摩藩の大名行列をイギリス商館員リチャードソン等が
馬で横切った。 薩摩藩の武士は、これを無礼討ちにした。(当時の法では当たり前のこと)
リチャードソンが討ち取られ婦人を含む数名が刀傷を負ったが、これを現場の地名から 生麦事件 という。
日本刀と示現流の撃剣による凄惨な刀傷は ホトガラヒイ=写真 に撮影され、英国は震撼し、また憤った。
イギリス議会は謝罪と賠償を要求し軍艦を鹿児島湾に派遣し 薩英戦争 となるのだが、薩摩は旧式の
火砲で苦戦しながらも英国艦隊を撃退する。
イギリスの優秀な武力と現実を知った薩摩藩は攘夷思想をすて、逆に英国に学ぶようになる。
アジアの奇跡といわれ大国の仲間入りする日本の黎明がこの事件で始まる。
改めて犠牲となられたリチャードソン氏の冥福を祈る  



2006年 リチャードソンの墓誌が、新しく綺麗になった ↓下    上 ↑ は2005年以前の状態


関連リンク1 → 刃傷事件発生の地

関連リンク2 → リチャードソン絶命の地